福岡高等裁判所宮崎支部 昭和28年(ネ)47号 判決 1955年10月03日
控訴人 鹿児島県知事
訴訟代理人 豊水道祐 外三名
被控訴人 神崎藤蔵
主文
原判決を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とす、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は控訴代理人において当審で乙第三乃至三八号証、第三九号の一、二第四〇号の一乃至四、第四一号証の一、二第四二号乃至五三号、を提出し、当審証人山下森助、松下一、佐藤募、林田進、山元誓亀の尋問を求め、且つ当審証人水口貢、村尾重澄、久保秋義、市来政徳、鶴田福吉、大角喜吉、松岡健蔵、赤路友蔵、田町正誉の尋問の結果、当審検証、鑑定人小山内懋鑑定の結果を各援用し、甲第三号証は不知、同第四乃至第六号証の成立を認め、被控訴代理人において甲第三号乃至第六号証を提出し、当審証人小山義一、岩元守衛、若松干仭、日高又志、水口貢の尋問の結果、鑑定人水谷嘉隆の鑑定の結果を援用し、乙第三号乃至三八号証、第三九号証の一、二、第四〇号証の一乃至四第四一号証の一、二第四二乃至第五三号証の各成立を認めた外原判決の事実摘示と同一であるからこれを茲に引用する。
理由
高城村農業委員会が昭和二六年二月二七日被控訴人所有の末尾目録記載の土地につきその(一)を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三〇条第一項第一号該当土地その(二)を同条同項第三号該当土地として未墾地買収計画を定め被控訴人がこれに対して、同年三月一八日同委員会に異議を申立てたがこれを棄却せられ、更に同年四月一八日控訴人に訴願したところ、同年五月三〇日付裁決第一、四三三号を以つてこれを棄却せられたことは、当事者間に争のないところである。被控訴代理人は目録(一)の土地は自創法第三〇条第一項第一号該当の開発適地ではない、右の開発適地とは主として原野と平地の山林に限られるものであつて、本件土地のうち三町四反二畝二九歩は現に薩摩製塩協会が製塩地として使用している塩田であり、その余は塩田利用予定の地又は製塩施設等設置のため必要の土地である。且つ同土地は塩専売法による製塩許可を得ているのであるから、該許可の取消のない限りこれを農地として開発できない。と主張するので、この点につき按ずるに被控訴人が該土地につき塩専売法により製塩許可を得ているとしても、該許可が取消されない限り自創法による買収ができないとの法律上の根拠はない。なお原審並びに当審における検証の結果に徴すると、目録記載の土地の一部が現に塩田として使用せられその余の部分も塩田開発可能地と思われ、その施設利用のため必要とせられる土地であることは明らかであるけれども、当審証人田町正誉の証言によりその成立を認める乙第二号証と当審鑑定人小山内懋の鑑定の結果によれば、目録記載の土地のうち、南半分地区、即ち現に塩田として使用している部分はいかなる種類の作物をも栽培するに適せず、農耕不適地であるが北半分においては禾穀類、菽穀類、蔬菜類、油料作物を栽培し得られて、いわゆる農耕開発適地とせられ、更にこれに対して合理的土地改良工事を施すことによつて南半分地区を水田として、北半分地区を畑として農耕地として開発し得られることが認められるので本件土地はこれを自創法第三〇条にいう開発適地と認めなければならない。原審並びに当審における証人の証言中右認定に抵触する部分はこれを信用しない。その他に右認定を飜すに足る証拠はない。然かるに当審鑑定人水谷嘉隆の鑑定の結果によれば、本件土地は我が国全体からすれば必ずしも製塩適地とは言い難いが鹿児島県全体としては相当良好な製塩適地であり、これに流下式塩田及枝条架式濃縮装置を築造して採かん設備となし、圧縮器七五馬力の加圧式煎熬工場を建設することにより、年間一、三六八屯(収納価額一、八六〇万円)の製塩可能であることが認められ、従つて、本件土地はこれ又製塩適地としても認めなければならない。証拠上右認定を左右するに足るものは存しない。
敍上認定のとおり本件土地は農業開発適地であると共に製塩適地でもあると認められるところ、凡そ自創法は耕作者の地位を安定し、自作農を創設し、又土地の農業上の利用を増進し農業生産力の発展を図り、特に同法第三〇条は自作農を創設し、又土地の農業上の利用を増進するための必要であるときは、未墾地等を買収することができると定めたものであるけれども、要は国土開発のため土地を最高度に利用しようとするものであるから、いかに農業上の利用増進のために必要であるからとて、他に、より以上必要且つ利用度の高い利用目的がある場合にはこれを無視して農業上の利用のみに急であつて、他を顧みるの要がないという訳ではなく要するに国土利用に関し、綜合的に比較検討し、その利用度の権衡に留意し、自創法上、買収の可否についての結論を見出さなければならないことはいうをまたないところである。そこで本件についてこれをみるに、わが国現下の食糧事情に照らし、農業生産の向上を図らなければならないことは当然であるが、前記水谷鑑定人の鑑定の結果によると我が国における最近三ケ年間における塩の需給実績は食料用、工業用として一ケ年平均合計約一九〇万屯乃至二一五万屯の需要に対し国内生産量はその四分の一にも達せぬ四五万〇に過ぎず年々一五〇万乃至二〇〇万屯の数量を輸入に仰がねばならぬ実状にあることが認められ、従つて国内塩の生産向上を図らねばならないことが緊急不可欠であると認められるので、要は本件の土地は、これを農地として利用すると、或いは又製塩のため使用すると、そのいづれが国土利用の目的に合致するかというに帰著する。そこで前記乙第二号証及び小山内・水谷両鑑定人の各鑑定の結果、並びに当審証人小山義一、佐藤募、林田進の証言を綜合すると次のことを認定することができる。先づ本件土地を農地化するにつき、又完全なる塩田化するにつき幾何の費用を要し、且つ幾何の収益をあげ得るかの点であるが、前者については総額七六八、二四二円を投ずることによつて一応耕地改良工事を完成し、(改良工事期間一ケ年)耕地利用面積が七五反となり、理想として更に三三三、〇五〇円を追加することによつて完全な農耕地として造成せられる。収益面において工事後一ケ年即ち、第二年度において一、〇二八、〇〇〇円、第六年度において一、四五六、〇〇〇円をあげ得られる。一方これを塩田化するについて要する費用総額は三一、四二六、〇〇〇円で、これにより生産せられる塩は年間一、三六八屯、収納価額にして一八、六〇四、八〇〇円である。(尤もこれに要する生産費一四、一一五、〇〇〇円で差額四四九万円、その他工具備品取替による減産量、その工事引当積立を控除すれば収支差額は一、九六三、〇〇〇円となる)次に右工事費資金の面については、本件買収地買受人が零細農であつて自家労力出資の外多額の現金出資につき困難視せられることは本件弁論の経過に照らし明らかであるところ、本件土地を農地とすることについては土地改良事業補助金交付規程により農林大臣より県知事を通じて補助金の交付を受け(償還の要がない)得られる可能性があり、更に農林漁業金融公庫法により融資を受け得られる(償還期限十五ケ年以内)ことが期待せられ右償還についても、当該農業所得利益金中から漸次年賦償還し、十五年以内において完済し得られることが認められる。これを塩田化するにつき塩田改良部分に対しては製塩施設法により補助金の交付が得られ、更に日本専売公社の承認が得られゝば製塩施設改良事業に対して農林漁業金融公庫からの長期且つ低利の融資を受け得られるのであり、その場合補助金二、五九二、〇〇〇円、農林漁業金融公庫借入一八、八五六、〇〇〇円、自己資金を三五〇万円とすればその余の借入金は約六四七万円となり、これに対して前記収支残額から借入金利子を差引き、法人税等公租公課を除いた残額(純益金)及び生産費中に算入されている減価償却費を総て借入し、元金償還に充てるならば借入金償還は操業開始後八年で完済せられることが認められるが、右補助金、農林漁業金融公庫の融資及び其の余の借入金、自己資金の入手獲得の可能性については、被控訴人の全立証をもつてしても、これを積極的に肯認するに至らない。その他叙上認定を覆するに足る証拠は存しない。或は又右塩田につき現状有姿のまゝ又は小資本を以つて運営設備の資金を投じて営業するとしても、到底いわゆる国策に順応する程度に量産を図ることの可能であることは、原審並びに当審証人、水口貢、村尾重澄、市来政徳、小山義一、原審証人津田義輝の証言をもつてしてもこれを肯認するに至らない。以上認定のとおり大資本を投じて右塩田の設備改善、運転資金に充てるならば被控訴人主張のような国策に応ずるに足る量増産の結果を見ることも期待せられるのであるが、如何せんその資金獲得の点において甚しく困難、寧ろ絶望視せられる現状においては、これが農地開発についての資金獲得の可能性、農地として開発後における収益性の観点からすると、これを塩田として存置又は改良運営するよりも、農地として開発営農させる方が国策的見地からしてもその優位性を認めざるを得ない。被控訴人提出援用の全証拠を以つてしても以上の認定を覆すことができない。叙上説示のとおり目録(一)の土地が農耕地開発適地であり、且つこれを農耕地として利用することが塩田として使用するよりも、利用度において高く、しかも弁論の全趣旨により自作農を創設し、土地の農業上の利用を増進するために、その土地を買収して農地開発を行う必要があることが認められる以上、高城村農業委員会が右目録(一)の土地を自創法第三〇条第一項第一号該当土地として買収計画を定めたことは相当であり、これに対する被控訴人の異議の手続を経て控訴人が被控訴人の訴願を棄却する旨裁決したことは、相当であるといはなければならない。
次に目録(二)の土地については原審及び当審検証の結果に徴すれば目録(一)の土地を前同条項第一号該当土地として買収する以上これを同法同条項第三号該当土地として買収措置をとすことが相当と認められるので、これに対して右目録(一)の土地に対すると同様の経過により、控訴人が被控訴人の訴願を棄却する旨裁決したことも相当である。従つて同目録記載の土地につき定められた未墾地買収計画は違法であり、これを容認した控訴人の裁決も違法である旨説示し、該裁決の取消を命じた原判決は相当でないからこれを取消すことゝし、被控訴人の本訴請求を認容することのできないことは前示により明らかであるから、被控訴人の本訴請求を棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九六条により主文のとおり判決する。
(裁判官 甲斐寿雄 山下辰夫 二見虎雄)